ヤップ5日目 ウォロウォ、オカウ、コロニア

 子供達を朝学校に送ってから戻ってくるので魚市場に行こうとレイモンドが誘ってくれたので、朝食後待っていたが9時を過ぎても彼は戻ってこない。遠くのオカウ村まで行こうと決めていた日なのに、当てにならない南の島の約束で1日潰すのが怖い。レイモンドとの約束と魚市場を優先させ、待っていてくれるというあづさを残し、一人で出かけることにした。
 宿からコロニアまでは10分ほど。そこから歩く人などほとんどいない空港方面に足を向ける。教会などを見つつ、空港とヤップ島の北に向かう分岐までが歩いて40分である。ここからは一本道なのでヒッチをしても良いかなと思いつつ、ひたすら歩く。分水嶺を越えると島の反対側の青い海が見え、その辺りで初めて休憩。下りは歩きやすいのでヒッチを試みることなく、ひたすら歩く。下りきって、また平地になった辺りで、ヒッチをしようかなと後ろを見たら、合図もしていないのに車が停まってくれた。優しいヤップ人である。しかもこの人はその辺りの村人だったのに、オカウまで送ってくれることになり、感謝。歩くと遠い道も車ならあっという間、5分もかからずオカウに着いた。
 オカウ村はヤップで一番の男の家と石貨銀行のある村とガイドブックに紹介されている。男の家は、男達が出漁の前日に泊まった集会所で、戦いの前に集まって会議をする場所などでもあったそう。メインロード沿いにあるオカウの男の家は確かにバラバットのものや博物館のものよりも立派だが、洋風建築で、伝統文化に興味がある者としては残念な建物。その周りにも大小たくさんの石貨は並べてあるが、ほとんどがオキーフ時代のもの。しかし、これは島一番という石貨銀行ではなく、石貨銀行村の奥。
 男の家の前から続く石の道を歩いていくと一軒の家があり、ここで村に入る許可をもらい、先に進む。タロ畑やヤシの林を抜けると民家が点在、軒先には古そうな石貨がどの家にも置いてある。道が分かりにくくなったところで、民家にお邪魔し、石貨銀行の場所とコロニアに抜ける道を教えてもらった。
 オカウの石貨銀行は確かに見事なものであった。車道に沿って並べられているバラバット村とは違い、ジャングルの中に続く石の道に沿って並べられており、これが厳かな雰囲気をかもし出している。時代を感じさせてくれる苔むしたものばかりで、割れたりしたものも多い。石貨で重要なのは、その石貨にまつわる来歴で、割れても価値は変わらないというのがおもしろい。一番大きな石貨は地上に出ている部分だけでも軽く2メートルはあり、地中に埋まっている部分を足せば直径3メートルありそうな大きさだ。今回の滞在中で見た最大のもので、もちろん今も価値ある古い時代のものである。ちなみに“最大の石貨”=“世界最大のお金”は、ツアーでしか行けないルムング島にあり、直径3.6メートルとのこと。
オカウ村の石貨銀行
 小川沿い、石貨銀行の先に続く石の道が、コロニアの近くに続いているという。歩けば1時間半はかかる車道を戻るのも嫌なので、その道をさらに奥へと進んだ。民家が切れても道の整備はしっかりしており、タロ畑やココヤシ林、ビンロウ樹の森が続く。もう峠が近いと思われるところに、ビンロウを採りに来た若者がいた。彼によると、「道がきれいなのは村人が入るこの辺りまで。その先はずっと人が通らなくなっているので、崩れているかも知れず、止めた方が良い」という。忠告を頭に入れ、さらに進んだところ、道はすぐに荒れ、進むのが困難になった。結局あきらめて車道に戻る。
 歩き出して10分も経たないうちに車が通り、ヒッチハイク成功。帰りはコロニアからあっという間だった。コロニアからホームステイ先のウォロウォに向かう途中で遅い昼食に出ようとしていたあづさとうまく会え、一緒にコロニアに。狙っていたローカルフード満載の弁当を買って、公園で昼食。歩き疲れていたので、これ以上散策することなく、ウォロウォに戻った。
 この夜は大きなカツオの刺身を2人で一尾分たいらげる。切り方は日本と同じだが、この家のタレは、ヤップでも人気の日本製わざびは使わず、醤油に庭に植えた木から採ってくる金柑と唐辛子などを混ぜたタレ。日本近海のカツオほど締まりのない南洋のカツオには、このピリ辛タレがよく合う。昨日買った一升瓶のヤシ酒と山盛りの刺身は疲れた体に最高!
 ちなみにヤップでは、刺身は「さしみ」、わさびは「わさび」、金柑は「きんかん」と日本語そのまま。弁当も「べんとう」、ご飯は「こめ」と呼んでいる。

ヤップ4日目 ウォロウォ、コロール、バラバット

 ステイ先には日本領時代にナンタクと呼ばれる日本の建物があったという。4日目の午前は、このナンタクの遺構を見、そのまま周りのジャングル地帯を散策した。ナンタクはセメントの土台がいくつか残っているだけで、何の跡なのか分からなかった。ジャングルの中にはいたるところにタロ畑があった。意外に奥まで開墾されているのだと驚く。豚も数頭飼っていた。鶏は放し飼いで、食べる時は罠を使って獲るそうで、卵は見つけられないから食べないというのももっともな飼い方。向かいの家では、昨日のヤシ酒おじさんがヤシの実の繊維でロープを編んでおり、女性達は伝統の姿である上半身裸で機織りと料理をしていた。
機織り
 レイモンドが知り合いの日本人に会わせたいとセッティングしてくれたので、今日も昨日と同じレストランで昼食をとる。会ったのはJICAのシニアボランティアのTさんで、ヤップの話を色々うかがった。
 昼食後、島一番のホテルであるトレイダーズリッジリゾートに行く。ここの従業員に、新しい石貨と古い石貨の見分け方を教えてもらった。ちょうどお昼にTさんから、「石貨には価値があるのとないのがある」という話を聞いて興味を持ったところでグッドタイミング。
 ヤップの石貨はすべてパラオで生産されたもの。ヤップにない材質の石で出来ており、時間をかけて手彫りで切り出し、カヌーに載せて命懸けで運んだからこそヤップで価値があったのだ。こうして造られた古い時代のものは表面は粗いが、これが今でも非常に価値のある石貨。19世紀末、米国人のオキーフという人物が、このヤップの石貨に目を付け、鉄製の近代的道具を使って大量生産した上で、大きな船でもってヤップに運んだ。ヤップの酋長達は、こぞってこの石貨を様々な商品と引き換えに入手したが、しょせんは大量生産されるようになった石貨であり、やがては供給が需要を上回り、石貨の価値は暴落する。その後、貴重な古い石貨の価値は見直され、オキーフの運んだ大量生産物と区別されるようになったという。オキーフはこの交易で大富豪となり、その子孫は今もヤップに暮らしている。
 この話を聞いて、さらに見分け方まで知ったので、新旧石貨の違いに興味が沸き、本日も3キロ先にあるバラバット村に歩いて行く。昨日と同じ石貨銀行の風景だが、一つ一つの彫り具合を確かめながら歩くとまた違った味わいがあり、おもしろかった。

ヤップ3日目 ウォロウォ、コロール、バラバット

 月曜日、朝食後にホストファミリーは出勤し、我々はのんびり。日本を出る前の寝不足がまだ続いており、午前中は部屋でのんびり日記をつけたりする。
 11時頃からコロニアに出て、スーパー、銀行などに立ち寄った後、レストランへ。今日はホームステイ先を紹介してくれた米国人のギャレットと昼食を共にする。彼は2004年から2年間ボランティアとしてヤップに来て、そのままヤップ人と結婚し、ここで働いている。彼がボランティア時代にホームステイをしていたファミリーを我々に紹介してくれたというわけだ。当然、ホストファミリーと彼は親しく、今日はレイモンド夫妻も同席し、5人で昼食をとった。コロニアの街は小さいので、街で働いている人なら中心にあるレストランにすぐ集まれるのだ。
 昼食後、歩いてバラバット村に行く。村の入り口には石のお金を並べた石貨銀行と呼ばれる場所がある。たくさんの石のお金があり、集会所と合わせ、見事な景観を成している。さらに村を奥へと歩いていくと車道の一番奥には野外集会所。これは石を敷き詰めた壇上に、背もたれとなる石が立てられている場所で、村によっては今でも使われている。ここにも大きな石のお金がたくさんあった。海側には男の家と呼ばれる伝統建築の大きな建物も。さらに奥へは、車の入れない石の道が続いている。この石の道を散歩していたらスコールが来そうになり、慌てて引き返す。最後は少し濡れたが、なんとか男の家まで駆け戻り、そこで雨宿り。中々雨は止まず、またもここで昼寝をしてしまう。
 夕方、宿に戻り一休みしているとレイモンドがヤシ酒を作るのを見に行こうと誘いに来てくれた。昼食時に頼んでおいたのだ。どこに行くのだろうと思ったら、向かいの家の老人がふんどし姿で家の前で待っていた。そしてすぐ近くのヤシの木に上り、ヤシの実をくり抜いた容器に貯めてあった樹液を集めて降りてきてくれた。ヤシ酒はヤシの樹液を集めて放置しておくだけで発酵してできるのだ。集めたその日は、発酵しておらず、甘いジュースだが、翌日にはもう弱いお酒になっていて、飲める。3日目4日目と発酵は進み、アルコールは強くなる。最高でひと月くらい発酵させる事もあるそうで、ひと月物はほんの一口で酔っ払うほど強いらしい。集めたヤシの樹液を入れて発酵させる容器は一升瓶、しかも日本語のまま「イッショウビン」と呼んでいる。名前だけでなく、本当に日本酒空き瓶を使っており、見学させてもらったお礼に購入したのは月桂冠のラべルの付いた一升瓶だった。どうせなら一番強いのを体験として飲みたかったが、この日の在庫は、3日物まで。3日物はチモールなどでよく飲んでいたのとほぼ同じ強さに思った。強くなるまで待たないのは味が不味くなるのかも。
ヤシ酒用に樹液を集める

ヤップ2日目 ウォロウォ、コロニア

 出発前に徹夜、フライト内でもほとんど眠れず、昨夜は午前2時を過ぎての就寝。さすがに早起きできず、9時過ぎに起きた。幸い今日は日曜日、共働きのレイモンド夫婦ものんびりした時間を過ごしている。ヤップの文化などを教えてもらいつつ軽い朝食をとる。

 まだ寝不足で体調が思わしくないので今日はのんびりする予定。家から街への道を教えてもらうためにトラックを出してもらい、昨夜暗い中を走った道を戻って、街の入口まで送ってもらった。
 ここから2人で散歩。橋を渡ったすぐのところに新しいヤップ生活史博物館ができている。祭壇と石のお金、男の家、集会所が再現された野外博物館。出入りは自由だ。石のお金がたくさん見られるのはやはり嬉しい。集会所は風通しの良いオープンハウスで、あまりに気持ちよく、そこで昼寝をしてしまった。
ヤップ生活史博物館
 次にスーパーマーケットへ。国一番のスーパーなので、ここを見れば大体何が手に入るかが分かってしまう。すぐ近くの商店であづさがフィリピン料理の調味料を購入。ヤップで最初に買うのがフィリピン料理の調味料?と思ったが、日本で欲しくて手に入らなかったものだといわれれば仕方ない。同じ店で「天ぷら」と呼ばれる丸い揚げパンを買う。もっとおいしそうなローカルフードもあるが、日本の影響で付いた名前で気に入ってしまったらしい。アメリカナイズされてどこでもクレジットカードが使えると思っていたが、ここは使えず。後で調べてみると、カードを使える場所はヤップにはほとんどないらしい。これはキャッシングしないと現金が足りなくなるかも。
 次に行ったのは日本時代の鳥居が残っているという場所。セメントの鳥居で趣きはなかったが、その前に日本の戦没者慰霊碑があった。戦前は日本領であったこの島は、米軍に攻撃によって大勢の日本人が命を落としているのだ。
 疲れが残っており、休めるところではすぐに寝たくなってしまう。公園のベンチで「天ぷら」の昼食をとった後、また少し昼寝。
 ヤップには石の道と呼ばれる石畳の歩道が縦横に走っている。車社会になる前はこういう道ばかりだったのか。今も多くの家は車の入れない傾斜地にあり、これらの道を人々は行き来しているのだ。そういった道を午後は散歩。途中で石貨銀行と呼ばれる石のお金を並べた場所を見つけた。集会所もあった。
 石の道から町に戻ってまた博物館に。今度はけっこう長い時間昼寝をしてしまい、後でレイモンドから「博物館で寝てたでしょ」と言われてしまった。オープンミュージアムなので外からもよく見えるのだ。

 宿に戻って、まずシャワー。もちろんお湯など出ない。でもこの気候なら気持ちよいシャワーだ。
 17時頃からの夕食準備をあづさは見学。私は少し見ただけで、部屋でのんびり過ごす。
 夕食は我々のリクエストに従って、タロ&スイートポテトと魚のソテー、野菜炒めだった。これだけでも十分だが、昨日のバーベキューの残りというポークやチキン、チーズソーセージなどもいただき、お腹いっぱい。同じ敷地内にあるホストの妹ファミリーの家にホームステイしているピースコ(海外青年協力隊の米国版)の兄ちゃんビンスも一緒に食事をし、色々話をした。

ヤップへの道

メモ/11Mar2012/URL
 ヤップへは、現在グアム・パラオ間を飛ぶUA便が週に1往復立ち寄っているのみ。世界中どこから行くにしても2つのうちどちらかを経由していく必要がある。ヤップの人々は自国であるミクロネシア連邦の首都パリキール(ポンペイ)へ行くのでさえ、一旦グアムに出国し、航空便を乗り継がねばならない。
 日本からだと当然グアム経由が便利である。

日本からグアムへの道

メモ/10Mar2012/URL
 グアムへは日本各地から、色々な航空会社が路線を持つが、数としてはコンチネンタルを引き継いだユナイテッドが一番多い。出入国に使ったことのない岡山空港発着を最初は考えていたが、空席の都合で、何度か使っている関空となってしまった。

 空港の表示を見る限り全日空との共同運航のはずだが、空港や機内でのアナウンスは全日空無視。全日空便と思って乗った人もいるだろうに。我々だってコンチネンタル便として予約し、チケットもコンチネンタル、訂正の連絡などなく空港に来た。私は航空券を販売していた旅行代理店の元社員なので、後からクレームをつけられそうな事態だとあきれてしまった。
 機内のアナウンスはユナイテッドで統一していたが、入国カードの書き方説明では、「航空会社名のところは"CO"とお書きになり・・・」、だめでしょ。

三宮から関空への道

メモ/10Mar2012/URL
 考えられるのは
1.JR
2.阪神+南海
3.リムジンバス
4.船
である。ノーマル料金で一番安いのは2。ディスカウントチケット屋で買えば1と2はほぼ同じ。JRの昼得切符が使える時にディスカウントチケット屋を使えば1が一番安い。一番早いのは3。遅くて高くて人気がなく、廃止されてしまった3が、何故か復活している。どんな客層の人が使うのだろうか・・・。
 今回は朝のフライト、遅く家を出られることが重要となる。30日以内の往復切符なら、3でも1や2と大きな金額差がないので3のリムジンバスで行くことにした。空港発ならバスでもクレジットカードを使えるのに、三宮発では使えないのは残念。海外旅行保険に関し、利用付帯の条件があるクレジットカードも多いので、カードを使えるようにすればもっと人気が出るだろう。

保険

準備/10Mar2012/URL
 今回の旅は、クレジットカード付帯の海外旅行保険でまかなえる3ヶ月以内である。しかし、前回と違ってオリコのカードを解約したので、自動付帯はあづさのセゾンカードだけ。私の持つ2種のカードは両方利用付帯だ。航空券はUAのマイレッジ特典で無料なので、空港までの交通手段をカードで買う必要がある。というわけで、380円区間ながらJR乗車券をわざわざ緑の窓口でカードを使って購入。他にも2種の交通機関を使っているが、どちらもカードが使えず、両方のカードの保険を有効にすることはできなかった。まあ1つでもかかっていれば安心である。