ヤップ4日目 ウォロウォ、コロール、バラバット

 ステイ先には日本領時代にナンタクと呼ばれる日本の建物があったという。4日目の午前は、このナンタクの遺構を見、そのまま周りのジャングル地帯を散策した。ナンタクはセメントの土台がいくつか残っているだけで、何の跡なのか分からなかった。ジャングルの中にはいたるところにタロ畑があった。意外に奥まで開墾されているのだと驚く。豚も数頭飼っていた。鶏は放し飼いで、食べる時は罠を使って獲るそうで、卵は見つけられないから食べないというのももっともな飼い方。向かいの家では、昨日のヤシ酒おじさんがヤシの実の繊維でロープを編んでおり、女性達は伝統の姿である上半身裸で機織りと料理をしていた。
機織り
 レイモンドが知り合いの日本人に会わせたいとセッティングしてくれたので、今日も昨日と同じレストランで昼食をとる。会ったのはJICAのシニアボランティアのTさんで、ヤップの話を色々うかがった。
 昼食後、島一番のホテルであるトレイダーズリッジリゾートに行く。ここの従業員に、新しい石貨と古い石貨の見分け方を教えてもらった。ちょうどお昼にTさんから、「石貨には価値があるのとないのがある」という話を聞いて興味を持ったところでグッドタイミング。
 ヤップの石貨はすべてパラオで生産されたもの。ヤップにない材質の石で出来ており、時間をかけて手彫りで切り出し、カヌーに載せて命懸けで運んだからこそヤップで価値があったのだ。こうして造られた古い時代のものは表面は粗いが、これが今でも非常に価値のある石貨。19世紀末、米国人のオキーフという人物が、このヤップの石貨に目を付け、鉄製の近代的道具を使って大量生産した上で、大きな船でもってヤップに運んだ。ヤップの酋長達は、こぞってこの石貨を様々な商品と引き換えに入手したが、しょせんは大量生産されるようになった石貨であり、やがては供給が需要を上回り、石貨の価値は暴落する。その後、貴重な古い石貨の価値は見直され、オキーフの運んだ大量生産物と区別されるようになったという。オキーフはこの交易で大富豪となり、その子孫は今もヤップに暮らしている。
 この話を聞いて、さらに見分け方まで知ったので、新旧石貨の違いに興味が沸き、本日も3キロ先にあるバラバット村に歩いて行く。昨日と同じ石貨銀行の風景だが、一つ一つの彫り具合を確かめながら歩くとまた違った味わいがあり、おもしろかった。