ヤップ6日目 ウォロウォ、ハイスクール、コロニア

 今日はピースコで高校教師をしているビンスの学校訪問することになっている。初めて彼と会った2日目朝に、「学校を見に来る?」と問われ、「良いねえ」と気軽に答えたら、その日に早速アレンジしてくれていたのだ。
 毎朝、レイモンドのトラックでファミリーの子供達やビンスは学校に出かけて行く。今日はそのトラックに便乗である。家の子供だけだと思ったら、近所の子供を次々と拾ってからトラックはウォロウォを出発。まずはコロニアにある私立学校、次にコロニアから少し空港側に行ったところの学校。高校が空港近くにあるので、昨日40分かけて歩いた分岐まではこのトラックに乗ればいけるのを知ってはいたが、トラックは何故か分岐をオカウ側に曲がった。なんとオカウの近くの学校に通っている子供がおり、毎朝レイモンドは送っていたのだ。昨日1時間以上歩いた道のりが・・・。
 高校での見学は何故かビンスの授業ではなく、日本語の授業。先生は日本から協力隊で来ているCちゃんである。ビンスに紹介してもらい、少し話をしているとすぐに1時間目の授業時間となった。後ろで授業を見るだけだと思っていたら、子供達を前に自己紹介をし、事前に生徒一人一人が考えてきた質問に答えることに。最後にはなんと日本の歌をリクエストされ、歌わされるはめにまで。授業時間の大半を白板の前で過ごし、臨時の先生をした気分。急なことでびっくりしたが、楽しかった。2時間目も同様の授業。3時間目はCちゃんの空き時間だったので、色々話をし、4時間目の始まる時間に学校を出る。
ヤップ高校の日本語クラス
 高校のすぐ近くに、ドイツ時代(1899年~第1次世界大戦)の通信所跡と第2次世界大戦時の日本のゼロ戦が残っているとガイドブックに記述がある。しかし、ビンスもCちゃんも聞いたことがないという。仕方なく学校の事務所で訊ねてみると、通信所跡は高校からも見えている古い塔ですぐに分かったが、ゼロ戦は知らないという。ヤップはメインロード以外は全て私有地であり、島民でも他人の土地となる脇道へ勝手に入ることはまずないので、長年勤務している場所の近くであっても、外から見えなければあまり知られることがないのだ。ゼロ戦はあきらめ、通信塔跡の写真だけ撮って、ヒッチハイクでコロニアに戻った。
 人と会うために2度行ったオアシスレストランを気に入ったあづさのリクエストで、またも昼食は同じ店。初めて2人だけで入ってのんびりと食事をした。シニアボランティアのTさんと先日ここで話をした折に、時間があったらぜひうちに遊びに来て奥さんとも話をしていって誘っていただいていたのを思い出し、ここから電話。そのままTさんのお宅をお邪魔し、ヤップでの生活の話などを色々うかがった。
 一旦宿に戻り、夕方からはビンスとコロニアの奥にある小山までトレッキング。見晴らしの良い丘の上からはコロニアの町はもちろんのこと、島の反対側の海まで見渡せた。下山途中、すれ違った地元民に日本時代の大砲が森の中に残っているのを教えてもらう。こういった遺物がこの島には点在しているのだ。